手術→術後経過

トップページ >  治療や生活の記録  > 手術→術後経過

2004年8月

 1日: 郡山帰省を無事終え帰京。自動車の運転は大きな支障はないようです。
8日: 今度は妻の実家である岐阜へ。今回はトヨタのウィッシュを借りてみた。乗り降りは若干時間がかかるけど、運転自体には支障なし。
9日: 本当は今日が最終入院予定日ではあるのですが、例によって連絡なし。まぁそれを見越して岐阜まで帰省しているわけですけどね。10日くらいは遅れるだろうという予想の下に組んだ予定です。
18日: 岐阜から東京へ戻りました。岐阜にいる時に車に貼る「車椅子マーク」を手に入れておいたので、帰りの高速のSAでは身障者用駐車場に堂々と駐車。使ってみて思ったが、確かに便利です。 ただ、普通の方が運転する車が結構止まっているのは困ったもんです。大雨だったので、乗り降りに時間がかかる者、松葉杖利用者としては、屋根があるところ、さらにトイレまで屋根がつながっているところへの駐車は必須なのですが、普通の車が止まっているとそれができなくなる。ほとんどのSAでは身障者用駐車場が1台分しか確保されていないのも問題ですね。結構車椅子の方とかに会いました。絶対に1台分では足りないと思いました。
20日: 身体障害者手帳が交付されるということで区役所から呼び出し。速攻で受け取りに行く。3級。早速入院時にタクシーのの割引を使った。
術後9回目 通算14回目の化学療法(VDC)のため入院。 今回は抗がん剤治療での最終入院になる予定。 本当は慈恵医大病院の整形外科・腫瘍外来の受診予定だったけど、慌てて予定変更です。 最終の抗がん剤は、一番嫌いな「アドリアシン」抜きのバージョンなので、なんか嬉しい。
21日: 今回はアドリアシン抜きなので、オンコビンはワンショット、エンドキサンは2時間の点滴で全抗がん剤終了!嬉しい! 今回は短いからと油断していたら・・・夜から激しい吐き気が! 吐き気はアドリアシンのせいだけではなかったのねと、再確認(笑)
22日: 一日中吐き気・・・でも入院中はオリンピック開催期間、吐き気と戦いながら、夜中の観戦、寝不足です(笑)
23日: 流しの点滴もすべて終了。これで治療の全点滴を終了したことになります。1年4ヶ月・・・長かったかな、短かったかな。
24日: ついに退院です! ずっと担当してくれていた看護師さんと挨拶・・・いつもの癖で「じゃ、またね!」・・・って、「また来るんですか?」といわれちゃいました。「絶対来ません」と笑ってきました。
31日: 整形外科外来.。大腿部・膝・胸のレントゲンを撮影。胸については転移等認めず・・・ってことで一安心。足の骨については、未だ十分な骨融合認められずということで、暇ひとつ骨の着きが良くないみたいだね。9月・10月の検査・外来を予約。

更新日:2004年08月31日 | トラックバック (0)

2004年7月

 1日: 参議院選挙の期日前投票に行ってきた。普通の投票、不在者投票、院内での投票といろいろ経験したから、この際新設の期日前投票も経験しておいたのだ。不在者投票よりは楽になったね。
3日: 入院以来お休みしていたので1年数ヶ月ぶりに、区の保育園父母の会連絡会の会合に出席してみた。楽しかったよ。闘病中でもそこの事務局長は継続していたんだな。その後の飲み会も当然楽しかったよ(笑)
4日: 次男の保育園のPTAの行事があったので保育園に行って遊んできた。保育園にPTAっていうのも変なんですけどね、ウチの区でのはそういう方針らしいんですね。その後は長男の希望で回転寿司へ。。。食べ過ぎて晩御飯は全員キャンセル(笑)
5日: やっと国立がんセンターから入院しなさい電話がきました。「築地にある国立病院です」と電話が来ました。これはそーゆーマニュアルなのかな?「がんセンター」という言葉は使わないのかな?しかし、入院が遅れた時は、明日入院してくださいじゃなくて、2~3日前に電話欲しいね。
6日: 術後8回目 通算13回目の化学療法(IE)のため入院
14日: 退院して自宅へ
15日: 区役所へ。ソーシャルワーカーさんに教えていただいた身体障害者手帳に関する書類をもらいに行ってきた。
17日: 長男のピアノの発表会に行ってみました。ちょっと見学させたら突然興味を持ち、2月から習っています。ほんの4ヶ月で簡単ではあるけれども、両手で演奏できるようになるとは夢にも思わなかった(笑)
20日: 整形外科外来。採血もやってきた。白血球1700。回数をこなして身体が慣れたのかな?最近の白血球の低下はそれほど大きくないような気がする・・・とはいえ、慈恵に入院していたら、観察室に隔離さ??a???????????踰??れる値ではあるのだが(笑) これだけ頻繁に入退院しているのに、整形外来で、先生とお互いに「お久しぶりです」と挨拶したのはなんでだろう(笑) 身体障害者手帳用の診断書を書いてもらってきた。8400円(^^;
21日: 区役所へ.。昨日書いてもらった診断書を持参して障害者手帳の交付申請へ。交付は1ヶ月後らしい。
31日: 実家の郡山に帰省。レンタカーを借りて自分で運転してみた。普通の乗用車では乗り降りに不安があるので、ミニバン、今回はリバティにしてみた。ワンボックスが一番楽なんだけどね、高いから(笑)

更新日:2004年07月31日 | トラックバック (0)

2004年6月

 5日: 久々に39度弱の発熱。なんでこんな時期に? 本来3日が入院予定日だったのだから、入院していればこんなことなかったかも・・・。今回は白血球の値が十分回復してからの発熱だったので、身体中の節々が痛い。白血球の値が低い時って、熱が出ても身体が痛くなったりしないんだよね、不思議。白血球が少ないってことは、抵抗力がないってことで、抵抗力がないってことは、抵抗していないから痛くならないんだよって言ってたドクターがいたっけ。
11日: 次男の保育園の父親懇談会に参加。本当なら入院中で参加できないはずだったのだが、入院が延びに延びている関係で参加することが可能となった。病気が発覚する前は長男の保育園送迎を行っていた関係で保育園に入り浸っていたので、保育園の行事に参加できるたのはとても嬉しかった(笑) 当然終了後は他のパパさんたちと飲みに・・・(笑)これまた久々でよかったです。入院延期に感謝!?
24日: 自宅の近所を松葉杖で散歩。銀行や郵便局周りをしてみる。およそ1時間半かかった。普通の状態だと3~40分で歩けるはずだが(笑) 途中、お茶とかして休憩をとるはずが、財布を忘れたため、ノンストップで歩き回った。おかげで翌25日は足がパンパンに浮腫んでしまった。運動は徐々にってことらしい。
26日: 長男通う小学校が学校公開だったため、小学校へ。25日もやっていたが、足がめちゃくちゃ浮腫んでいたのと、雨天だったためパス(雨の日の松葉杖は怖いんでね)。サンダルに松葉杖で学校に行ったら、校長先生が履き替えずそのままどうぞ!って、気遣い感謝です。小学校の水のみ場付近はヌルヌルしていて、松葉杖には危険な場所であることが判明。しかし、小学校ってあんなに小さかったかねぇ。。って自分がでかいのか。
27日: 次男の通う保育園の同じクラスの父母の交流会があった。長男の時もそうだったけど、みんな同じ歳の子どもがいるからね(当然)話もはずみ、楽しい時間をすごすことができました。入院の遅れに感謝ですわ(笑) 入院の前は率先して保育園の父母の活動に参加してましたからね、早く復活したいもんです。 

更新日:2004年06月30日 | トラックバック (0)

2004年5月

 6日: 自宅から近い眼科を受診。家族から流行性角結膜炎が回ってきたようだ。気をつけていたのだが・・・入院に影響の可能性がありがんセンターと相談。とにかく眼科を受診して、入院OKがでたら予定通り次の入院をしましょうということに。
10日: 再度眼科受診。おとーさんの流行性角結膜炎は軽かったですね、ってことで12日の入院はOKということになり、ほっとしたようなもう少し自宅でゆっくりしたかったような・・・。
12日: がんセンターに入院。2月末に続いて2回目の13A病棟です。売店に行って戻るだけで何人かから「お、久しぶり」と声がかかる。だんだん顔見知りが増えてきている(笑)
13日: 術後7回目 通算12回目の化学療法(VDC) この回でVDCの内の『D』・・・アドリアシン(ドキソルビシン)が最終回となる。累積投与量が限界量に達したようだ。ただでさえ普通の人より多く入っている(体重重いですから)のに、限界だって(笑)。一番嫌いな薬だったので、終了がうれしい。
19日: 退院 自宅に戻る。
26日: 採血・外来(小児科) 採血から受診まで時間があるのでうろうろしていたら、小児科の看護婦さんに呼び止められた。予定より30分以上繰り上がった。前回もそうだったなぁ。整形の外来は遅れるのが普通なので、ついつい遅れるものと。。。危うくまた全館放送されるところだった。
今後の抗がん剤の予定について話し合い、一応あと2回ということに決定。それ以降は再発する人はする、しない人はしない。。。ということらしい。まぁ、見えない敵が相手だけになんとも。。。ネ。
28日: 慈恵整形外来受診 29日で告知から1年になります。1周年記念ということで古巣へご挨拶・・・次男が眼科受診なので同行して整形外来を受診。大変懐かしく感じました。気がつくと、慈恵主治医と外来で会うのは初めてです(笑) 病棟でしか会ったことがなかったので~す。今後の予定を話、がんセンターでは不得意のリハビリをお願いしてきた。夏以降はリハビリ生活になる予定。入院していた病棟にも顔を出しました。3病院7病棟を渡り歩きましたが、慈恵の本院が一番明るくてきれいだなぁと思いましたね。
29日: 告知1周年!
(正確にはこの時点では骨肉腫といわれ、30日にユーイング肉腫と言われたんだけどね)

更新日:2004年05月31日 | トラックバック (0)

2004年4月

 6日: 退院 長男の入学式だったが間に合わず。
13日: 採血&外来整形 そろそろ術後6ヶ月になるので、CTとか撮ってみるかってことになりました。
19日: 採血&外来小児科&CT 小児科で外来待合室からちょっと出た時に「小児科外来までお越しください」と全館放送で呼び出しされた。あとで「あおきさ~ん、全館放送で呼ばれてましたねぇ。しかも小児科(笑)」と顔見知りの看護師。
がんセンターでCT撮影は初めてでした。ここは待っている時に直前の人のCT画像が丸見え・・・。これってプライバシー上問題ないんかいな? 病室にはプライバシー上名前を掲示してないんだけどね。
20日: 外来整形 予約外で急遽受診です。原因は半年前に手術してヒ骨を取り出したほうの左足の手術の傷跡の一部が化膿したため。ジュクジュクで掘れている状態でどうしたもんか相談に。結果、「消毒してサトウ詰めておいて」と。「サトウ??」「そう砂糖(笑)」・・・ということでユーパスタなる薬が処方されました。精製白糖に消毒液のポピドンヨードが混ざっているようです。砂糖で傷が治るんだぁ。ビックリです。
27日: 採血・外来整形・レントゲン・ミレニアム採血 通常の外来を終えてからミレニアムプロジェクトの採血をやりました。
28日: 全身骨シンチ検査 1月末にもやったけど、またやりました。入院でやると注射打って病棟で休んでから検査になるんですけど、外来だと注射打ってから2時間もの時間を潰してから検査になります。暇です。普通に歩ければ築地市場や場外とかいって遊んでられるんでしょうけど(笑)

ミレニアムプロジェクト  骨シンチ

更新日:2004年04月30日 | トラックバック (0)

2004年3月

 8日: 退院 今回は転院ではなく退院です。次回入院まで自宅にて生活を行います。
10日: 採血&小児科外来 今後の予定とかお話。13日の卒園式出席は問題ないでしょうとの事。ヨカッタヨカッタ。35になって小児科の外来を受診するとは思わなかったです(笑) 待合室にいた他の親が「?」という顔で見てました。子どもの病気の相談には見えないでしょうね、スキンヘッドで松葉杖・・・いかにも病人本人ですから。
13日: 長男の保育園の卒園式に出席。松葉杖にて参上! 膝が曲がらない状態のため、特別席が準備されていた(笑) 入院前は毎日保育園にいってましたから、いやぁ楽しい楽しい。夜はちゃんと謝恩会にも出席です。
16日: 採血&整形外来 松葉杖歩行について、患肢である右足への10kg加重の許可がでた。10kgはほとんど無加重に近いけど、バランスをとる上で足を着くか着かないでは大きな違いがあります。気分的にも楽ですし。
29日: 入院17A
30日: 術後6回目通算11回目の化学療法(IE)

更新日:2004年03月31日 | トラックバック (0)

2004年2月

 5日: 慈恵医大柏病院に転院 血液管理とリハビリ中心。
前回は入院したときにB棟、その後A棟に移った。今回はC棟に入院。整形全棟制覇です。
26日: 慈恵医大柏病院を退院 今回は即転院ではなく、自宅に2泊した後がんセンターへ
28日: 国立がんセンターに入院。今回の入院は17A(整形外科病棟)ではなく13A(短期入院病棟)になる。13Aはあらかじめ確実な入院予定で予約が可能なため、入院が遅れることはまずない。短期入院病棟なので、他の患者は検査入院や、内視鏡での手術で3日から10日間くらいの入院がほとんど。しかしなぜか17Aの顔を知っているメンバーが多数いた。入院したものの、小児科との連絡がうまくいかず、結局点滴開始は30日になる。
30日: 術後5回目 通算10回目の化学療法(VDC)

更新日:2004年02月28日 | トラックバック (0)

2004年1月

2日: 外出にて自宅へ
4日: 国立がんセンターに転院
5日: 術後3回目通算8回目の化学療法(VDC)
13日: 慈恵医大柏病院に転院 血液管理とリハビリ中心。リハビリでほんの少し右足を動かしただけで筋肉痛がでる。筋力落ちてるぅ。
17日: 白血球値低下にともない個室に移動。本来なら差額19,000円の部屋。治療上必要ということで差額なし。快適。
25日: 26日のがんセンター転院(時間が早い)に向けて一時自宅へ。久々の自宅泊。
26日: 国立がんセンターに入院。術後の状態をみるために骨シンチ
27日: 術後4回目通算9回目の化学療法(IE)
前回めちゃくちゃ副作用がひどかったので、今回はとにかくおとなしくしていた。そのせいか吐き気などは前回ほどひどくなく、抗がん剤の投与が完了した翌日にはほぼ通常の活動を開始、速攻でエビドリアとラーメンを食べた。

骨シンチ

更新日:2004年01月31日 | トラックバック (0)

2003年12月

1日: 慈恵医大に転院
8日: 国立がんセンターに転院
9日: 夜に発熱
10日: 術後2回目、通算7回目の化学療法(IE)
前夜発熱のため、抗生剤を使用しながらの化学療法
20日: 慈恵医大に転院
26日: 慈恵医大にて妻の出産に立ち会う。
次男誕生! たまたま同じ病院の同じ病棟の上と下に夫婦で入院
31日: 病院で年越し。。。

更新日:2003年12月31日 | トラックバック (0)

2003年11月

3日: 術後管理病棟から整形外科病棟に戻る。
9日: 衆議院選挙の投票日。当然投票になんかいけません。入院した日が公示日だったので、速攻で院内不在者投票を申し込んでありました。術後で歩けなかったので、ベッド上まで係りの人にきてもらってベッド上投票です。楽チン楽チン。
13日: 抜糸開始。。。3日間かけて抜糸。
18日: 術後1回目、通算6回目の化学療法(IE)

術後化学療法  病院内での選挙

更新日:2003年11月30日 | トラックバック (0)